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研究者として、大学教員として。健康デザイン学科長・女性健康科学研究所長 山中健太郎 教授

山中 健太郎(やまなか・けんたろう) 教授
昭和女子大学生活科学部健康デザイン学科 教授・女性健康科学研究所長。
東京大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科にて博士(教育学)を取得。
専門は身体教育学、スポーツ科学、応用健康科学、認知科学、神経生理学・神経科学一般、家政・生活学一般。ヒトを一つの生体システムとして捉え、認知・判断・情動など様々な側面からヒトの運動と行動について研究している。
※この記事は2018年11月30日に昭和学報に掲載されたものです。
研究者になった経緯
健康デザイン学科が開設した2009年に着任。勤務は今年で10年目を迎える。大学で勤務しながら、研究者として教員として、仕事について普段考えていることを記したい。私は、自分の知的好奇心に任せて様々なことを探究した結果今があり、充実した日々を過ごしてきた(今も過ごしている)と考えている。こうした知的作業を伴う研究者、そして大学教員という職業が、学生の皆さんの将来の選択肢のひとつになっていただけたら幸いである。
まず最初に、恥ずかしながら私が研究者になった経緯を述べたい。大学生時代に少々バレーボールに打ち込みすぎたせいで4年次に就職活動もせず、もう少しきちんと専攻の体育・スポーツを学ぼうと考え、大学院へ進学したのが正直なところ。しかし、今にして思えばこんな状況で付け焼刃の研究計画を立ててみても、当時の指導教員は「そんなことして何になる」と相手にされない。1年間くらい悶々とした日々を過ごす中で、ある日思い切って「じゃあどんなことをすればよいのか」とほぼケンカ腰で尋ねてみたところ、「せっかく大学院で研究するなら、世界中で誰もやっていないようなことをするべきだ」と言われた。おそらく人生で一番衝撃を受け、今にいたる人生を決めたと言ってもよいことばだった。

バレーボールに熱中していた学生時代 中央でスパイクを打っているのが私である。
何を研究するか?
では、私にとってそもそも何が疑問なのか? 長年スポーツに打ち込む中で、どうして運動の上手・下手があるのかと考えたとき、脳・神経系が全身の筋をどうコントロールするのかという、根本的な疑問に至った。
もはや体育・スポーツの分野を超える内容だったが、そんなことは気にせずに「誰もやっていない」研究をすると開き直って研究活動を進めていった。すると悶々とした日々から、明確な目的を持ったやりがいのある毎日に代わっていった。
朝起きて研究室に向かい、研究仲間と議論しながら論文を読み、実験の結果を考察し、学会で発表して論文を執筆する。ひとつ成果が出ると、ふたつも3つも疑問が湧き出し、探究したいことが次々と出てくる。苦労がないといえば嘘になるが、楽しく充実した日々を過ごした。この長い雌伏の(至福の)期間を通じて実感したのは、志を同じくする研究仲間の大切さである。当時の恩師とともに、多くの先輩・後輩とは今でも公私ともに交流がある。感謝してもしきれない。

大学院生時代の研究 変動磁場を用いて弱い電流を脳内に生じさせる経頭蓋磁気刺激法を用いて、脳が身体各部を動かす仕組みを研究していた。
研究者として
研究者としての成果発表には、学会発表と論文発表がある。学会は国内外から研究者が集い、最新の知見をお互いに発表し合い、意見を交換する場である。堅い場というイメージを持つかもしれないが、参加のハードルはあまり高くない。一方、論文発表はそうはいかない。研究成果をまとめてふさわしい学術雑誌に投稿すると、次に審査(ピア・レビュー)が待ち構えている。複数の研究者にこの論文が送られ、内容を精査されるのである。そして様々な問題点が指摘された結果が戻ってきて、それら「すべて」に審査者が満足する対応ができて初めて学術雑誌に掲載される。それゆえ少しでも疑義のあるものは掲載されない(はずである)。自然科学の研究内容は世界共通で普遍のものだから、英語で発表することが推奨されていれる。もちろん国内での学会や日本語の学術誌もあるが、価値の高いものほど英語ですべきである。日本語の論文は約1憶人が読む可能性があるが、英語で書けば潜在的な読者は70億人になり、影響力の違いは明らかである。
大学院生・ポスドク・教員と立場を変えながら10数年研究に没頭していた私が、10年前に縁があって昭和女子大学にお世話になることになった。それまでほぼ研究漬けの毎日だったので、生活は一変した。もちろん講義や学生対応、学内での業務などは大学教員の大切な仕事である。それゆえ研究者として研究そのものに割くことのできる時間は大幅に減った。しかし、このような時間的・環境的な制約がある中でも、私の研究室に所属する学生とともに、コツコツと研究を続けることを自らに課して日々過ごしている。と言うと大げさに聞こえるが、大学教員は研究活動を仕事の一部としてできるとポジティブに捉えている。ただし、ある程度教授する内容を自己裁量で決める大学教員としては、絶えず変化し進歩する世の中に対応するために、研究活動を通じて最新の知見を自分のものにしてくことが不可欠であると考えている。そしてそれが、本学で学ぶ学生の利益にもなると信じているのもまた確かである。

最近の研究の様子:到達動作と利き手の関係の研究。周囲のカメラ(モーションキャプチャー)で動作を記録し、上腕部に貼付した電極で筋肉の活動を、帽子で脳活動を記録している。
研究者、大学教員という仕事の魅力
学生の皆さんに研究者、そして大学教員という仕事の魅力を伝えたいと思ったのにはもうひとつ理由がある。近年、東京大学の女子学生の割合が2割弱で、あまり増えていないことが問題になっている(海外のトップ大学は5割くらい)。しかし、よく調べると東京大学における女子学生の割合は、大学院の修士課程になると25%、博士課程は30%と上昇していくのである。自分の周囲を考えてみても、結婚・出産を経験しても休学を繰り返しながら時間をかけて研究活動を続け、学位取得をしていた女性が多いことに気づく。そして、国際学会では女性研究者が多いことを実感する。そう考えると、シンプルに物事を探究し、それを公表するという知的作業を繰り返す研究者という職業に関心がある方は、ぜひチャレンジしていただきたいと思ったためである。
現在、この原稿をSociety for Neuroscience(北米神経科学会)の学会大会に参加するため、滞在中の米国サンディエゴのホテルの一室で時差ボケに悩まされながら、夜中に執筆している。この学会は、医学・生物学・工学・心理学など様々な分野の約3万人の研究者が世界中から集まり、最新の知見や成果について議論する世界最大級の学会のひとつである。私自身は毎年可能な限り参加し、研究成果を発表することで最新の知見を得て、学生の皆さんに還元するととともに、研究者としてのさらなる新たな仕事への大きな動機付けにしている。

国際学会での発表の様子 自分の成果を1枚の大きなポスターにまとめ、数時間その前に立っている。興味のある研究者が来て説明をし、その内容について意見交換をする。参考にした著名な論文の著者が実際に来ることも度々ある。自分の研究の評価を知ることができ、また研究者の人脈を広げることができる。